【舞台感想】2021年1月22日 チョコレートドーナツ

去る2021年1月22日、舞台『チョコレートドーナツ』を観に行きました。会場は梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティ、です。

元々このブログはこの舞台の感想を書くために準備したものでしたが、時期が時期ということもあり、観た直後に感想を書いてもし自分が新型コロナウイルスに感染したことが分かったら色々ややこしいことになるな...(見知らぬ人から観に行ったことを攻められるのが一番しんどい作品は何も悪くないのに)...と思い、感染状況が落ち着いたらUPしよう、それまでに文章をちまちまと書き残しておこうと思っていたのですが、まとまらない文章を抱えたまま路頭に迷うことになり、気付けば2022年に突入していました。

私は元々2日間観劇する予定だったのですが新型コロナウイルスが猛威を奮う中、色々悩んだあげく1日だけ行くことにしました。

チケットの申し込みをしたのは2020年9月でしたが、その時は感染状況が落ち着いていたため、強気で2日間申し込みました。子役がダブルキャストなので両バージョン見たかった...という理由もあります。また、このチケットを申し込むために少年隊のFCに入りました(しかしその約二週間後、錦織さんと植草さんの退所をお知らせするメールが届いてかなり驚きました...)。ところが冬に近付くにつれ、どんどん新型コロナウイルスは猛威を奮い始め、仕事を休む訳にはいかないから密な場所(つまり劇場)は避けたいし、でもせっかくFCに入ってまで取った良席のチケットを無駄にしたくない、どうすれば...と観に行く前日まで毎晩悩み続けました。本当は毎日ワクワクドキドキしながら観劇当日を迎えたかったのですがね(でもたいていの人はこんな気持ちで当日を迎えたはず&憎いのはウイルスです)。

個人的に、今のご時世空席が出来るのは仕方のないことだと思っています。それに、私の大学時代の恩師が以前『チケットは購入した時点で観に行かないという権利も所有している』とのたまっていたので、その言葉を信じて、行くor行かないは自分で決めることにしました。

結果、チケット記載の座席番号と会場の公式サイトから見れる座席の位置情報を照らし合わせてみたところ、22日は通路側、もう1日は前後左右が席に囲まれていることが分かりました。通路側なら隣に人がいないので密にならないな...最悪隣が喋ってても通路側に顔を向けていればいいし...と判断し、22日だけ行くことにしました。

観に行くのは1日だけ...と決めたことも影響したのか、結果的にものすごく集中して舞台を観ることができました。ストーリーの流れはあやふやなところもあるのですが、場面場面の情景はしっかりと覚えてますし(細かい部分はあやしいですが...)1年経った今でも割りとハッキリと脳裏に焼き付いて鮮明に思い出すことが出来ます。

そして偶然にも1年後の2022年1月22日には同じ少年隊のメンバーが絡む舞台『フランケンシュタイン-cry for the moon -』を観に行くことになり、新たな感情が芽生える前に、まだ覚えているうちに1年前の舞台の感想をやっぱり残しておきたいな...と思い、『チョコレートドーナツ』の感想文を仕上げることにしました。あと、覚えているついでに、印象的な場面のイラスト(挿し絵)も描いて載せてみました。この舞台は円盤化も配信もされていないので記憶の中にしか残っていないビジュアルなのですが、忘れないための記録用として描きました。なので実際に観劇された方には『嗚呼、こんな場面もあったよね!』と懐かしんでいただけたら嬉しいな...と思って載せました。画力が乏しいのでアレですが、雰囲気だけでも伝わったら嬉しいですね...

さて、そろそろ本題の感想文に入りますが、以下に続く文章はあくまでも一人の舞台観賞初心者バンギャの感想であり、ネタバレも大いに含みます。私の基本の推し活スタンスとして、好きなアーティストを盲目的に愛している訳ではないので、(愛はあるけど)ちょいちょい強めのツッコミが入るかもしれません。あと、文章を書いてる私の根本がいにしえのバンギャなので、色々な例え話にヴィジュアル系バンドが絡みがちです。苦手な方はここで引き返すことをオススメします。何でもOKな方だけ、お進み下さいませ。

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■基本のストーリーについて■

舞台『チョコレートドーナツ』は同じ邦題の洋画が元ネタとなっています。映画のストーリーは映画のオフィシャルサイトに載っている『ABOUT THE MOVIE 』を見ていただけるとよいかと思われますが、簡潔に述べると『70年代のアメリカで起きた実話を元にした映画で、ゲイのカップルが育児放棄されたダウン症の男の子に出会い、三人で一緒に暮らすことを夢見て奮闘するストーリー』と言ったところでしょうか。映画のベーシックな知識だけを元に、映画は観ずに舞台を観賞したのですが、思っていたよりもピュアな内容で、ゲイ・ダウン症育児放棄というセンシティブな設定を抜きにしても、個々のキャラクターが魅力的で味わい深い作品だな、という印象を持ちました(この設定がストーリーの根幹だということ、その設定を抜いたら意味がないということは分かってますが、例えて言うならToshIはX以外の歌を歌っても人の心を震わせられるよね...みたいな話ですよ)。

主な登場人物は以下の3人です。

■ルディ(主役・シンガーを夢見る場末のドラァグクイーン・舞台では少年隊の東山紀之さんが演じている)
■ポール(ルディと恋仲になる相手役で過去に結婚歴あり・セクマイの性自認は最近と思われる・ルディが『動』『情熱』ならポールは『静』『知的』というイメージ・舞台では俳優の谷原章介さんが演じている)
■マルコ(ルディの住むアパートの隣の部屋に住んでいるダウン症の男の子・母親から育児放棄される・舞台ではダウン症の男の子がオーディションで選ばれダブルキャストで演じた)

舞台はポールの独白のようなナレーションから始まりますが、すぐに場面が展開し、ルディがドラァグクイーンとして働くショーパブで、二人が出会うシーンに切り替わります。

さて、出会ったその夜、ポールはルディの家にやって来るのですが、そこで偶然二人はマルコと出会います(展開早っ!)。

ルディの隣の部屋にジャンキーな女性が住んでいて、その女性が警察に連れて行かれたのですが、女性の部屋に子供が居ることが発覚します。ルディも『まさか子供がいたなんて!』と驚きます。

一旦ルディがマルコをかくまうのですが、やがてマルコは公的な人たちに連れて行かれます(たぶん施設的なところへ)。
ルディは一時的に助けただけと言ったので誘拐犯として捕まることはなく、ポールもほっと胸を撫で下ろします。

やがてルディは何とかしてマルコを引き取りたい、ポールと共に三人で暮らしたいと言い、ポールの知恵を借りて、ルディとポールはいとこ同士ということにして、マルコを引き取り、三人で暮らすことになります。

しかし、やがてルディとポールがいとこ同士ではないことがバレてしまい、マルコは施設へ連れ戻され、ルディとポールはマルコを奪還するべく、裁判所で戦うことになります。

しかし世間の偏見と差別の目には抗えず、ルディとポールはマルコを迎えることが出来ず、そして予想外の出来事が起こってしまい、物語はバッドエンドで終わります。

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さて、ここからが私個人の感想です。
時系列めちゃくちゃで散文的ですが、印象的なシーンごとに分けて書きました。
このシーンのルディが最高だったとか、基本そういうことしか書いてません。予めご了承下さい。

■印象的なシーンその1(ルディ爆誕)■
爆誕...というか、ルディ初登場シーンです。ルディが視線でポールをロックオンし、ポールも舞台上のルディに一目惚れした模様...というシーンなのですが、ババーンと出てきたルディのオーラが凄すぎて&東山さんを生で見たのが初めてだったので『うわあうわあ本物だあうわあ』と脳内が騒がしかったです(苦笑)。顔ちっさいし足がスラリと長くてキレイだし(長いスリットが入ったドレスを着てガーターベルトが見えている)、スポーツ新聞などに載った初日の写真を見ると割りとケバいメイク&ヘアスタイルなのですが、それを着こなしてるんですよね着られてるんじゃなくて。めちゃくちゃデコラティブなんですけどカッコよかったです。わたくしも20代の頃はちょいちょいクラブへ行ってドラァグクイーンが踊るのを間近で見てましたが、こういう伝統的かつオーソドックスなドラァグクイーンのショー(有名な曲を数人で振りを合わせて口パクで歌って踊る)を見たのはおそらく初めてで、劇中劇ではありますが、当時のドラァグクイーンのショーってこんな感じだったのかなぁ...と感慨深いきもちになり、心の中で合掌しながら見てました。色んな意味で貴重なものを見せて下さってありがとうございます...


■印象的なシーンその2(ルディの性格)■
ルディとポールがマルコの今後を話し合うシーンで『施設なんて、とんでもないところよ!』という感じのセリフを、荒ぶる感情のままにルディがポールに向かって言う箇所があります。

ルディはポールと知り合って間もない頃『自己紹介の歌』を歌うシーンがありますけど、あんまり過去のことを掘り下げてはいないんですよね。一応ルディは施設で育った...というバックグラウンドがあるのですが、劇中ではあまり触れられてはいません。でもこのセリフがあることで、ルディは施設育ちで、その施設であまりいい待遇を受けてなかったんだろうな...マルコをそんな目に合わせたくないんだろうな...という印象を観る側にうっすらと持たせることが出来ます。自己紹介の歌は基本的にポップで難しい言葉は出てきませんし、親近感が沸くような内容になっています。ルディのパーソナリティーについては冒頭のナレーションでも説明はなく、誰かが勝手に語り出すこともなく、言葉での説明が少ない分、歌でそれとなく観客に教えてくれます。また、歌を介して伝えるので、セリフとかナレーションで言われるよりも悲惨な感じが薄らぎます。こういうの、ミュージカルならでわの表現方法で面白いなぁ...と思いました。

物語の中盤くらいまで見て、ルディという人間が何でも直感で動く人、というのが何となく伝わってきました。一目惚れしたお客さんの誘いに乗って(ルディが誘ったとも言える)自分の家に連れて来ちゃうけど、初対面のとき『私は安くない』って言うし、いざ連れてきても『(客を)家に連れてくるなんて初めて』とか言うのです。普通、仕事にプロ意識があって、お客さんとの距離をちゃんと保つぞっていう強い意思やプライドがあるのに、それを飛び越えてものすごく一目惚れして好きになってしまった人がいたら『私はプロなのに客に手を出すとか何やってんだか...』みたいな心の葛藤とかあるはずなのにルディにはそれが無くて、ステキ!カッコイイ!とりあえず連れて来ちゃった!だって私がステキって思ったからこの行動は間違いじゃないの!みたいな感じになります。

情熱的で、自分に正直で、飾らなくて、真っ直ぐで、後先考えてなくて...まるですべての言動が、気の向くまま歌い踊るかのよう。だからマルコに対しても、あんな母親のところに戻すなんてあり得ない!助けなきゃ!てなるんですよね。直感で動いてて、細かいことは気にしない。ルディのそういう性格は、自分の性自認が揺らいでいる&世間の目を気にしてしまうポールには眩しかったのだと思われます。だからルディの生命力の強さみたいなものに惹かれたんだろうし、ルディの存在がポール的に大ヒットした理由はそこなんじゃないかな...と思うのです。

あとはマルコの『人形が好き』てところにシンパシー感じちゃうルディが可愛かったです。わたしも普段はお人形さんみたいな格好してるのよ今はこんなだけど、て語りかける部屋着&すっぴん(という設定)のルディがちょう可愛かった。うんうん。その辺のお人形さんより断然可愛いよ抜群に可愛いよ可愛いさの権化だよ奇跡の54歳だよ...と無条件うなずきロボットと化すわたし。ルディって内面から可愛さがにじみ出てる気がするのです。それが、モロに男性ホルモンつよつよ肉体の東山さんが演じることによって、よりいっそう内面の可愛さが浮き彫りになる気がするんですよね...

終わりはバッドエンドですが、この舞台自体はあまり悲観的すぎる&お涙頂戴な雰囲気ではなかったです。後半はまあまあ暗いですけど、でもいやらしい暗さではなかったような。それはこんな魅力的なルディを用意して下さった亜門さんの演出によるところなのでしょうね(この件については後にドキュメンタリー番組でその真相を知ることとなりましたが、やっぱり意識してそういう方向にもっていったそうです)。


■印象的なシーンその3(ルディのビジュアル)■
さて、物語の途中(でもまだ序盤?)でルディとポールはマルコのことを巡って意見が対立してしまうシーンが出てきます。そしてポールがルディに謝りに行く(ルディの職場にアポなし突撃する)のですが、舞台上ではルディが職場のステージでショーのリハーサルをやっている場面に切り替わります。その時の衣装がとんでもなくセクシーなのですが、まずポリスハット、短いジレもといベスト(前はだけてる)、パンツ(短パンじゃなくてハイレグみたいなパンツ)はすべてエナメル素材。黒のロングブーツに黒髪超ロングのウィッグ。そして極めつけの短鞭。要するにボンテージファッションです。

この鞭がバラ鞭や一本鞭じゃなくて短鞭っていうのがすごくセンスあるっていうか、東山ルディの美しさをより引き立たせてたし、似合ってたし、ただひたすらに萌えました(合掌)。SMっぽさを出すならバラ鞭や一本鞭のほうが派手だし分かりやすいけど、あえてそっちじゃなくて短鞭っていうのがいいよね~とニヤニヤしました。おそらく短鞭である理由は小道具として扱いやすいからなんでしょうけど、嬉しかったですありがとうございました(性癖にクリティカルヒット大御礼そして大感謝)。

わたしはバンギャなのでこういうビジュアル(ボンテージファッションを綺麗な男の人が着る&生足を披露する)は10代半ばの頃からしぬほど見てきたのに、そのどれとも違う、あまりにも完成された肉体美に、あまりの美しさにひれ伏すしかなかったです。男性的な美しさと、女性的な美しさの調和が、バランスが絶妙で、それが1人の肉体に宿っているのです。途中でポールと会話しながら衣装を次々と脱いでほぼ裸になるシーンも出てくるのですが、裸だからエロの要素はあるはずと頭では分かっているのに、あまりにも肉体が美しすぎて、エロいのかエロくないのか、頭の中がバグってしまい、よく分からなくなってきました。いや、エロいんですけどね。でも美しさに圧倒されたっていうか。東山さんの肉体ってエロさをエロさで消す、みたいな独特の手法があってですね...あの身体にしかできない贅沢なんですよ。血で血を洗う、みたいなね。エロスの向こう側みたいな光景が広がってるんですよ。だから結果的にエロく感じないというか、お上品だな...綺麗なもん見たな...という後味になるんですよね。

ボンテージファッションで踊っているシーンは1分あるかないか、くらいの短いシーンでした。躍りも、ブーツ(たぶんハイヒールのブーツ)を履いてしかも階段の上なので激しく動くことができずゆるいダンスなのですが、めちゃくちゃ網膜に焼き付けてきました。そして、内腿(うちもも)がふるえるのを見たのですが、あれは忘れられないトラウマ級の思い出になりました...。

大学時代の恩師(♀)のエピソード第二段になるのですが、恩師がよく『安室奈美恵の内腿が好き』とのたまっていて、ライブでは内腿をガン見していたらしいのですが、その気持ちがやっと理解できたような気がしました。内腿っていいですね。特に身体が引き締まったひとの内腿は最高だな。絶景だな。

東山ルディはパーフェクトボディーなんですけど、ダンスのときに内腿がふるえるんですよ。おそらく贅肉じゃないんでしょうけど、あれすごくよかったです。このひと人間なんだ、って実感しました。生々しいリアルがそこにありました。ありがとうありがとう...と心の中で手を合わせて拝んでおきました(内腿をね)。

そんなパーフェクトボディーの東山ルディはしかし、想像していたよりも腹筋バキバキではなかったです(ちゃんと割れてはいますけどボディービルダーみたいな感じではなかった)。おそらくパンプアップしてないんでしょうね。そもそもルディが腹筋バキバキのキャラではありませんからね。あくまでもシンガーを夢見てる場末のドラァグクイーン、という役ですから。体を鍛えまくっているダンサーではありませんから。そこは配慮してるんでしょうね。でも、パンプアップしてなくても、身体が引き締まっているのは一目瞭然でした。そして胴回りがよき...重い筋肉が詰まってる感じがたまらないですね。わたしは男の人に関しては身体が細いっていうだけで1mmもエロスを感じられない性癖&胴回りの太さフェチの人間なので、胴回りもちゃんと拝んでおきました。ありがとうありがとう...

さて、アポなしで訪れたポールによってリハーサルを中断されたルディは怒ってしまいます(そりゃそうだ)。怒っちゃうけど、ポールは『この前はごめん!』て感じでルディに謝り倒します。ルディはベストとポリスハットを脱いで、パンツとブーツと黒髪ロン毛ウィッグだけの格好(つまりほぼ裸)になると『フンッ!』て感じでステージ上を斜めに歩いて奥の方へ移動し、客席に背中を向けたまま大きな仕草でガウンを羽織り、生着替え終了のお知らせ...となります(ウィッグもガウンを羽織る前後で外していたような...?ブーツもどこかで脱いでましたよね奥の方へ移動したときかな...?)。

もしも私がポールなら、ほぼ裸となったセクシールディを一目みて『なんて刺激的で魅力的なんだルディ!最高!』みたいなセリフ(洋画の吹き替えっぽいセリフ)でルディの前にひざまずくレベルですけどポールはルディの容姿を完全スルーです。褒めもしないし、驚きもしない。なんでだろう、ってずっと思ってたのですが...そっか...ポールはルディのパーフェクトボディーを知り尽くしている仲なんだよね...だから驚かないんだね...ということに気付いてしまいファアアア公式いいいいい!?!?てなりました(騒がしくてスミマセン)。

ありがとう素敵な夢を見せてくれてありがとうセクシーサンキュールディ...

ポールのアポなし訪問後、お店で二人きりになるとルディは青緑色のガウンを羽織ったまま自己紹介の歌を歌うのですが、ピアノ(グランドピアノではない)の上に乗ったり、仰向けに寝そべったり、ストリップショーみたいに両足をご開帳したり、終始楽しそうに振る舞います(ずっと歌いながら妖精みたいに踊るように舞台上を動いている)。わたしのこと、もっと褒めて(ニコッと笑顔)、みたいなセリフをさらっと言うのです。ヒャアッ...カワイイ...キュン死...もう一度あの可愛いルディを拝みたいですね。


■印象的なシーンその4(ラブストーリーなセリフにドキッとした)■
印象に残っているシーンといえば、長い話のあと、話の流れで『一緒に暮らさないか』てポールに言われてルディ聞き返す⇒ポールが難しい言葉で言い直そうとする(普段堅い職業だから自然と難しい口調になってしまうんだと思われる)⇒『あなたの言葉で言って』みたなことを言うルディがちょう可愛かったです。あ、この話ってラブストーリーなんだなあ...ということを思い出した瞬間でした。重いテーマですけど社会派ドラマみたいな内容ですけど、根底はラブストーリー(というか一人の人間が葛藤しながらも愛を探す話)だと思うんですよ。それを、ルディの可愛さで時折ハッと思い出す瞬間が楽しかったですね。


■印象的なシーンその5(ジーンときた場面)■
最近はどんな映画を見ても割りとよく泣く私ですが、この舞台では泣きませんでした。理由としては、感染のことが気になりすぎてたっていうのが非常に大きいですね。後ろの席の人が咳き込むたびにヒヤヒヤしたし隣の席の人は開幕前ずっと喋っててハラハラしました。でも、物語の終盤、ルディが迎えに来るのを信じてステージの上の方でマルコが帰り支度をするシーンではジーンときました。もしリラックスして見てたら間違いなく号泣してましたね(あれはあかんて泣くって...)。マルコもルディもお互いに惹かれ合うところがあるんだろうなあ...て思わせるシーンでした。マルコとルディって親子のようでもあり、友達でもあるような気がします。マルコのことを想うルディの姿は親のようにも見えるけど、自分自身の境遇(施設に入る)に重ねてマルコを『守らなきゃ!』と立ち向かう姿からは困っている同志を助けようとする友情を感じました(あくまでも私には)。マルコは健気でルディは情熱的っていう対照的な性格なんですけど、二人は気の合う友人関係にも見えるんですよね。年齢差はあるけど、ルディがマルコを想うとき、ルディはマルコの目線に降りてものを見ているような気がするんですよね。そこもなんか、凄くいい関係だなこの二人は...て思いました。ポールと三人でずっと一緒に暮らして欲しかったよねまじで...

あと、裁判の時にみんなの前でポールが、ルディとはカップルだということをカミングアウトしたとき、ルディが手を口元に当てて『ヒャッ』て感じの表情するの、めちゃ可愛かった。ちなみにこの仕草は映画『おとなの事情』でも出てきましたね。きゃわ...


■印象的なシーンその6(よく分からなかったシーン)■
あの...1ヶ所だけどうしてもよく分からないところがあって。

ルディが裁判で証言していたときのことなんですけど、ルディは『マルコの前で裸を見せるのか』『女装するのか』等々聞かれてたとき、マルコはお人形が好き、そのお人形は女の子...という箇所で突然ルディが『ガビーン』みたいなリアクションになったの、あれは何を意味してたんだろう。全然ピンと来なかった...映画を見たら分かるのかしら。わたしの想像力が乏しい&わたしのセクシャリティや性癖のせいで理解が追い付かなかったからなのでしょうか。あそこだけ1人ポカーンとなってしまいました(でも舞台はサクサク進みます)。何度か見たらピンと来たのかもしれませんね。まだまだ修行が足りませんね私は。


■印象的なシーンその7(授業参観エピソード)■
マルコの授業参観にも一緒に行ってた、みんなビックリしてた...ていうエピソードが裁判の証言のシーンで出てきますが、その理由はゲイのカップルだからというよりルディの美しさに保護者の方々はビックリしてたんじゃないかしら(ポジティブ)と考えたのは私だけではないはず。うん。きっとそのはず。私なら余裕でビックリするし気になって落ち着かないよ。あんな美人が隣にいたら。それは授業参観に限った話ではないけれども。


■印象的なシーンその8(悲しみピンク)■
ルディがドラァグクイーンのショーで、ピンクの衣装(鳥の羽の巨大扇子でドレスのスカートつくるやつ)のシーン、あれは場末感がすごく出てて、ピンクなのにくすんで悲しい雰囲気がすごく出ててよかったなあ...と思いましたがわりとあのシーンを可愛かったとおっしゃってる感想をTwitter上でチラホラ見て『そ、そうなのか!?』と戸惑いましたが...面白いですね。色んな感想を読むのは楽しいです。あのシーンって何であんなに悲しかったのか前後のやりとりをうっすらとしか覚えてないんですけど(ダンサーのコたちと揉めた後だっけ?マルコと離ればれになった直後だったような?)、悲壮感をピンクで表現するの、斬新でカッコいいなあと思いました。


■印象的なシーンその9(寝室イリュージョン)■
ルディがマルコと離ればなれになった後、寝室のベッドでポールと寝ていると、ふと幻のマルコが寝室に現れてルディは目を覚まし、二人はキャッキャウフフと戯れたのですが不穏な気配と共にマルコが家具の中へ消えてなくなるシーンのやつ、すごくよかったです。舞台ならではの演出だなって思いました。ファンタジーなんだけどヒヤヒヤして、ゾッとして。音楽もポップな雰囲気から徐々に不安感を煽るようなものに変わって行って。あそこの演出、切なくて好きですね。

あと、イリュージョンではないけど寝室で、ポールがルディに『愛してるよ』って言ってベッドの上で頬にチュッてするやつめちゃ可愛かったです!二人とも身体も顔も正面を向いてるからあんまり『二人の世界』って感じのシチュエーションじゃないんだけど、すごくハートフルな場面でよかったですね。ほっこりしました。


■印象的なシーンその10(キャリーという名脇役)■
キャリーは舞台版のオリキャラだというのをどこかで見た気がしますが、とても魅力的なドラァグクイーン(ルディの同僚)でした。ルディがセンターだとしたら、キャリーはバックダンサー的なポジションです。でもめっちゃ華があるし可愛いし声が特徴的&ギャルっぽい喋り方で印象に残りました。ルディに嫉妬してキツいセリフを吐いたりするシーンもありましたが、根は優しくていいコでしたね。ビジュアルも可愛くて、以前も違う舞台(キンキーブーツ)でドラァグクイーン役をやってたらしく、ダンスはとてもサマになってました。ハマリ役でした!

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■歌についての感想■

・「Come To Me」
ルディがババーンと初登場した時にドラァグクイーンとして口パクで歌い踊っている曲です。フランス・ジョリというアーティストの有名な楽曲でAメロの時点で『あ、なんかどっかで聴いたことあるかも!』という印象の曲。英詞を残しつつも和訳されてます(今回の舞台で使われている洋楽の歌詞はすべて及川眠子先生による和訳っぽい)。元気いっぱいでキラキラ明るいポップな、200%アメリカって感じの曲。サビの『That I love you』『And I love you』を『あいーしてーるーぅー♪』と和訳してて、それがなんかすごくバブリーでいい。恋愛パワー炸裂女子って感じの、力強さしかない曲。ルディのポジティブなキャラにものすごく合ってます。こりゃポールも落ちますわ...という説得力あふれる一曲ですね。

・「Love Don't Live Here Anymore」
マルコと離ればなれになった後、『愛なんて、どこにもないの』と歌うルディの切ない歌声が胸に染みる一曲。ローズ・ロイスというグループの楽曲のカバーなのですが、この曲を歌うルディがすごく切なくて悲しくて美しくて、最高というか至高でした(これは口パクじゃなくて生歌)。映画チョコレートドーナツの楽曲といえば「I Shall Be Released」が有名ですけど、東山ルディ版は断然「Love Don't Live Here Anymore」を推したいですね(苦悩する役が似合う東山さんなので、この楽曲がハマってて最高でした)。シリアスで静かなシーンで、ピアノの伴奏とルディの歌だけっていう、ごまかしのきかない場面での大切な一曲。歌と歌詞とシチュエーションとキャラの感情すべてが一つになって、輝いていました。ひたすら美しかった。一度しか聴いてないのにずっと『愛なんて、どこにもないの』という歌い出しが、メロディーが脳裏に焼き付いて離れないのです(このワンフレーズのインパクトが強すぎて他の歌詞は忘れた...)。舞台を見終えてからはパンフレットに挿入歌の情報が載っていたのでそれを頼りにネットで検索し、マドンナがカバーしたバージョンを見つけて、それを1年経った今もサブスクで聴いてます。ちなみに東山ルディ版はローズ・ロイスの原曲よりもマイナー調にアレンジされてます(BSでたまに再放送されている舞台のドキュメンタリー番組でちらりと聴けます&マドンナがカバーしてるやつもマイナー調なのでそっちの方が近いかも)。これ、普通に東山ルディ版を音源として聴きたいんですけど、どうにかならないかしら。舞台版のサントラ出して下さいライブ版でもいいので...むしろライブ版がいい...記録用に誰か録音してますよね...ね?(切実なオタク)

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■キャラクターについての感想と、改めて感じる中の人の魅力について■

ルディは明るくて素直な性格。施設で育って親の愛情を知らないという設定ですが、職場の面々とは家族のように仲良しだし、愛情がどういうものかも自身の経験で知ってるっぽいですね。周囲との人間関係も良好そう。でも施設はひどいところだと言っていたので、幼少期はあまりいい思い出がなかったのかもしれないです。でもそんな辛い幼少期を生き抜いたたくましさを持っており、自分のセクシャリティが少数派という自覚はあるものの、そんな自分のセクシャリティを理解してくれる仕事に付いており、そのせいか、割りと人前では堂々としていて、差別に対しておかしいと声を上げられる人です。たのもしい&たくましい&ポジティブ...ルディはそんなキャラですね。普段感情抑え目の東山さんが演じることで、中の人とのギャップもあり、とても魅力的なキャラクターに仕上がったなぁと思いました。そして、映画版はこれまた違う感じなんだろうと思いますし、是非映画も観てみたいですね。

一方のポールは、過去に異性(女性)と結婚していた時期もあり、登場時は自分のセクシャリティが揺らいでいるような人で、ルディとは対照的に大人しくて、堅い職業や既婚時代の名残なのか世間体をものすごく気にする人として描かれています。でもルディに一目惚れして以降は、喧嘩しつつも振り回されながらも、ルディのよき理解者になろうと奮闘します。いつもルディを抱き締められる距離にいる、頼れるパートナーですね。ルディとは凸凹コンビみたいな組み合わせですが、すごく合っているなと思いました。映画版のポールも気になるので、こちらも観て違いを楽しみたいですね!


ルディを見ながら、好きなひとが出来ると人は強くも優しくもなれるし、自分の気持ちのままに生きる人はあやういけどかっこいいな、人は出会いがすべてだな(生まれた環境が人生に大きく影響することは間違いないけどその後どういう人と出会うかで人生は大きく変わるものだな)、としみじみ思いました。ポールがこのタイミングでルディと出会って性自認を更新したのも何かの縁でしょうし。でもマルコが幸せになるにはどうすればよかったのか...時代のせいにしたくないよね...と思いつつ、カーテンコールの時の3人の姿を思い出しては胸が切なくなります。あのカーテンコールの姿が当たり前になる世界になればいいよね、カーテンコールにあの姿を持ってくることにすごく意味があるよね...と三人の笑顔にしみじみと想いを馳せるなどしました。

東山さんの魅力って、肉体はモロ男性なのにフェミニンなオーラがあるところだと思っています(あくまで私個人の意見です。そんなもんねえよどっからどうみたって王子様一択だろ!というお叱りの言葉甘受しますそれも正しい見解だと思います)。その『肉体はモロ男性なのにフェミニンなオーラ』というのは身体は鍛えて絞ってバキバキなのに歌声はやわらかいとか、時代劇やナレーションでは渋め&重い声も出せるのに歌声は吐息多めでソフトなところとか、他にも心当たりがありますけどそういう『外見と内から出てくるものが合ってない』『時と場合によって内から出てくるものが真逆』なところ、要するにアンビバレントなところ、二面性なところを指しています。しかも、当たり前のことですが自然とそうなっているのです(わざと使い分けられるほど器用な人ではない)。それは『いろんな魅力があって人間的に豊かでカッコいい』と言うよりも『対になる魅力を横に並べて同時に出してきて“このひと一体何者なの?”と相手を混乱させてくる』という感じですかね。その違和感こそが魅力であり、ものすごくたまらないのですけど、だからこそルディがすごくハマってたなあ...と思うなどしました。ルディも異なる魅力を同時に出してくるキャラクターだなと思ってます。東山さんが演じているので体型はめちゃくちゃ男性で(タンクトップの時の肩の筋肉最高)、でもそんな外見のまま中身はキャッキャウフフな乙女心が全開だったり、裁判に対してもふざけている(何度かポールに怒られるシーンあり)と思えばシリアスな態度に切り替わったり...。でもルディならではの魅力もあって、観ている側はルディのくるくる変わる表情や、感情的な性格に終始翻弄されたと思います。演じている東山さん自体は普段のブログでも口下手だしメディアに出る際もあまり我を出さないタイプなので、こんなに感情の出し方が真逆なキャラを自然と演じるの、面白いなあ貴重だなあ...と思いました。

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■ストーリーについての感想■

この作品はよく『実話がベースになっている、ゲイのカップルが育児放棄されたダウン症の子供を引き取って育てようとする話』と紹介されます。社会的マイノリティに向けられた差別や偏見は存在するし、その事実と向き合い、様々な人が暮らす社会の中で個々の幸せを守るにはどうすればよいのか観る側に問い掛けてくる話...ということなんでしょう。舞台を観た上で改めて感じたことは、子供の幸せを守ることができるのは大人だけどその大人はちゃんと子供を守れる社会を作っているのかしら...?というシンプルな感想でした。

今のところ人間は男女の組み合わせから産まれてくる生き物(不妊とかの問題は今は横に置いておきますね)なので、男男や女女のカップルは自然じゃない⇒受け入れられない⇒理解できない、とする意見を目にしたりうっかり聞いたりするといちおうわたしも完全ストレートの人間ではないのでそれなりに傷付きますけどもう大人なので、理解できないと言われても『そうですか、そうでしょうね』と思うしかないです(意見が通らない人を説得するには愛がいるけど見ず知らずの人にそこまでの労力は割けないので)。でも、理解できなくてもいいので、そういう人が現実にいるってことは認めてあげてもいいんじゃないかな...って思うんですよね。誰が親であっても産まれてきた子供は無条件に愛されるべきだし、愛してくれる親と愛される子の間に血の繋がりや親の性別は関係ないと私はマジで思っています(あと親子でも相性はあるので『親子だから仲良くしないといけない』は呪いになるしまあそのへんは漫画「フルーツバスケット」を読めば分かる話なのでここでは割愛しますね)。もちろん男と女は違う生き物なので『男も女も同じだよ』とは思いませんが、子供を愛する人に性別は関係ないし、ちゃんと子供のことを想って大切に育ててくれるなら親になるのが男男や女女でもええやんけ!と、この舞台を観ながら思うしかなかったですね。

そしてマルコ実母の身勝手さにイライラするけど実際にこういう人は居るんだろうし、だからこそ虐待のニュースが耐えないんだろうし、でもマルコ実母も一概には責められないんだよね...夫に逃げられてハンデを持った子供をワンオペ育児でやらないといけない状況っていうストレスフルな日々...そりゃ育児ノイローゼになって子供を責めたくなっても仕方ないよな、と思います(でも薬物も育児放棄もアウトだと頭では分かってますよ)。マルコ実母がマルコを悪く言うたびに、アンタが今とても残念な状況にいるのはマルコのせいじゃない、マルコは悪くないんだよ!と言ってやりたい気持ちをぐっとこらえつつ、でも母親への同情の気持ちもありつつ、何とも言えないやるせない気持ちになりましたね(もし自分が同じ立場なら子に当たり散らすことなく一人で働きながら身近に相談できる人もいない中でハンディキャップのある子供を育てられるんだろうか...そんな自信ないな...と思ってしまうので)。そしてもしもルディとポールが男男じゃなくて男女のカップルだったら、いとこ同士という嘘を吐かなくてもマルコはすんなりと二人に引き取られていたのかもしれないな...と思うと、ものすごくやるせない気持ちになりました。同性のカップルが存在すること、認めてあげてよファンタジーじゃないんだよこれは現実の問題なんだよ...と心の中で一人文句を垂れていました。

そして物語のバッドエンドのあと、ルディとポールは二人で仲良く幸せに暮らしているんだろうか...とそんなことを心配しては胸が切なくなりました。きっとルディとポールなら、いつまでもマルコのことを家族だと思ってくれるよね、それならマルコも寂しくないよね...と思いつつ。うん。切ないね...

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■挿し絵■
切なくなってしまったところで、最後に挿し絵を3つほど。画力の乏しさについてはお許し下さいませ(あくまでも雰囲気だけ伝われば...)。

ハロウィーンパーティーに登場したアダムスファミリーのモーティシアにしか見えない美魔女な東山ルディ。足元は黒いハイヒールを履いてた。スタイルよすぎて紙に収まり切らなかった...。
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こちらは悩殺ボンテージ衣装の東山ルディ。短鞭が素晴らしいチョイスなやつ。手袋していたような...していなかったような...?ため息しか出ない美しさ。実際の東山ルディはこの5000倍美人。
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髪をかき上げる仕草のやつ。こんなシーンありましたよね?私の席からは逆アングルなんですけど、こっち向きの方が描きやすかったので右から見たアングルになってます。
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はあ...ルディが素敵だったな...また会いたいな...

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以上、舞台『チョコレートドーナツ』の私的感想文でした。
長々と、とりとめのない文章になってしまいましたが、読んで下さってありがとうございました!多謝!