12月13日はHIDEもといhide(大将のツイートではHideになってるけど)のお誕生日です。
私にとって、この世で一番大切な記念日です。
どんなに忙しくても毎年この日はhideのソロ曲を聴いたりケーキを食べたりしてささやかなお祝いをしているのですが、今年はいつもと違うことがあります。それは、HEATHが旅立ってしまったことです。
HEATHがX JAPANに加入したのは1993年なのですが、元々HEATHはHIDEと面識があり、関西人のHEATHが上京したのもHIDEに東京来いよって言われたから勢いでベースを担いで家を出て新幹線に乗って東京に来てしまい、来たことを告げたらHIDEはビックリしていた...というエピソードがあるのですが(SHOXXのインタビューで読んだ)、その後XはベーシストであるTAIJIが脱退し、新しいベーシストを一般公募することになり、でもなかなか「これだ!」という人が見つからず、ある日HEATHはHIDEに勧められてオーディションを受け、その後X JAPANに加入することになったのでした(かなりざっくりとした説明ですまん)。
1998年にhideが亡くなり、出棺のとき、他のメンバーと棺を持っていた時のHEATHの表情を今でもよく覚えてます(雑誌で見たワンシーン)。
それから色々あって2007年にX JAPANは復活(再結成)するのですが、もちろんそこにHEATHの姿もありました。そして、再結成後のHEATHはビジュアルも華々しく、一段と頼もしくなって見えました。
そんなHEATHのベースプレイが一番輝いているなあ...と個人的に思った音源はHIDE作曲の「SCARS」という曲でした。途中ベースソロっぽいパートがあるのですが、音がめちゃめちゃかっこいいんですよね!もっとライブでやればいいのになあ...と復活後よく思ってました(残念ながらライブの定番曲ではない)。
今年はあっちゃんもHEATHもいるから、あちら側のHIDEの誕生日は盛り上がっているのかな、と思ったりもしつつ。
1998年のあの日、HIDE自身がこの世からいなくなったときはどうして?なんで?と頭が混乱して、現実を受け入れられず、これからHIDEが新しく生み出すものがないこの世界で生きていく意味なんてあるのだろうか、何を目標にわたしは生きて行けばいいのか...と途方に暮れたものでした(当時のわたしは高校1年生)。でも今年HEATHが病気で亡くなってしまい、当たり前のことですが、死は誰にでも平等に訪れるものなんだ、HIDEはそれがたまたま早かっただけなんだ...1998年のあのときHIDEが生きていたとしても、いつかは必ず死を迎える日が来るんだ...というのを、HEATHの訃報を聞いた時、まざまざと感じたのでした。
「だから何だ」というオチのない話で恐縮なのですが、約25年間わたしの中で曇って滞っていたものが、少し穏やかに流れるようになった気がしました。うまく言えませんが。悲しみは悲しみとして感じているのですが。
悲しみとは別のところで動いてる暗い感情の、今まで複雑に絡み合って塊になっていた繊維がほどけて一本一本の糸が分かるようになって、それによって「HIDE自身がこの世からいなくなったこと」を今までよりも受け入れられるようになった...と言いますか。
それに気付いたのが何故今のタイミングなのか、何故HEATHの訃報なのか、TAIJIや他のミュージシャン&アーティストの訃報のときは何故感じなかったのかと言えば、わたしの年齢的なものもあるんだと思います(今年わたしは40歳になり日常の中で「死」を今までよりも身近に感じる機会が増えました)。
あとは、わたしがHIDEを聴くキッカケになったのがX JAPANというバンドであり、HEATHが同じX JAPANのメンバーだから...というのは大きいなと思います。
誕生日に考えることではないのかもしれませんが、今年のHIDEの誕生日には自然とそんなことを考えてしまうのでした。
本人がこの世からいなくなっても聴く人がいる限り、本人の残した作品は生き続けるし、いいものは何年経っても色褪せないんだな...というのを、普段ももちろん折に触れては思いますが、誕生日には必ずそれを強く感じます。
そしてわたしもファンを名乗る限り、本人の名前を汚さないよう「いいファン」でありたいなあと思うのでした(例えば転売しないとか、何の信憑性もない変な噂を信じて広めないとか)。
色々と散文的に書きましたが、今日一番言いたいことをまだ書いてなかったので、最後に書いておきますね。
...HIDEもといhideさん、お誕生日おめでとうございます。これからも変わらず、わたしの憧れでいて下さい。